久しぶりに3時間ほど残業した。

diary

久しぶりに3時間ほど残業した。 私のミスを私が修正するためのものなので苦痛ではないが、明日の体調が気になる。

alcohol and bar

BARでお酒を飲む

飲み屋を支える人というのはどういう人かわからないが、過去に100本以上ボトルキープした人もいるらしい。

communication

お酒を飲みに行って人と会うことは好きだし、チームをよくするために人と話すのも好きである。 しかし、人を会うことや人と話すことを主目的にする場合はより苦手であるし、他に主目的があるからといっても、苦手なのは苦手である。

苦手であることについて繰り返し述べているが、人と交流するのが苦手と述べる際に、具体的にどういうところで苦手さを感じているか。 私は、人とのコミュニケーションを、まるで映像のように思い出してしまう。 そして、人とのコミュニケーションにおける自分のコミットメントを重く捉えてしまいがちである。 これら忘れることができない、そして責務を重く捉えてしまっているところから、苦手さを覚えてしまう。

仕事においては仕事の範囲で捉えるようにしたい。

Hanlon’s Razor

人とのコミュニケーションでさんざん悩んできている人間なので、他人の見方に関して、多少なりお悩み解決的なことはできる。 例えば、他人をネガティブに見てしまうことで悩んでしまう人がいる。

まず第一に、ネガティブに見てしまうこと自体は悪くない。 しかし、ネガティブに見すぎてしまうことは、相手への尊敬の念がないことの表れになり、コミュニケーションがうまく回らなくなる可能性がある。 つまり、ネガティブに見たとしても、別の見方を一度はした方がよりよくなる確率が高まる。

どう別の見方をするのか、ということを考えるためには、同じ事象であっても状況が異なる場合において、よく人をネガティブに捉える人でも、必ずしも否定的に他人を見るとは限らない場合があることを考えよう。 例えば、路上喫煙をしている人を見たとしよう。この時、その人を見て、以下のように異なる判断をしないだろうか。

こういった判断の違いはしばしば発生していると思う。これは差別とかではない。 その人の行為の善悪は置くにしても、その人の行為の理由を推測することによって、その人の行為に対する評価が異なることがあることが重要である。

上記の事象と同じことを、普段の判断にも転用してみたら、他人の上げ足をとるようなことはしなくなり、楽になり、そしてコミュニケーションが楽になるのではないだろうか。 ハンロンの剃刀と一緒で、無知で済む話は悪意に持ち込まないようにしよう。

ファーストインプレッションでの認識の操作は、文化や知識という、その人の状態に対する判断をするという、事実ではなく文化や環境から判断をする、ということによって達成できる。

今日の勉強

ecs

タスク定義を間違えて、ECSの無限再起動を犯してしまった。

なんとか修正。

rust

TRPL